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広島高等裁判所岡山支部 昭和60年(ラ)7号 決定

抗告人

岡山県信用組合

右代表者理事

橋本末治

右代理人弁護士

板野尚志

板野次郎

主文

原決定を取り消す。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」及び「抗告理由書」記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によると、抗告人(但し、当時の商号は岡山県商工信用組合)は、昭和五六年八月二五日、東山企画株式会社が所有していた本件競売物件につき、債務者を右同社、極度額を一一五〇万円とする同年六月三〇日設定契約を原因とする根抵当権設定登記を経由したこと、その後、本件競売物件には、同年一二月二三日受付の同月一八日売買を原因とする浦野一郎への所有権移転登記、同五七年八月二四日受付の同月二三日代物弁済を原因とする有限会社ワールドエイジェントへの所有権移転仮登記、同月二七日受付の右同原因の右同社への所有権移転登記、同五九年一〇月二七日受付の同月二五日売買を原因とする大崎徹への所有権移転仮登記がそれぞれ経由されていること、右大崎は同六〇年三月一三日抗告人に対し、本件競売物件についての前記根抵当権を滌除する旨意思表示したので、抗告人は、同年四月六日大崎に対し、同月八日右浦野及びワールドエイジェントに対し、本件増価競売の請求の各通知をしたこと、本件競売物件には右通知時までに右大崎以降の第三取得者は生じていないこと、以上の事実を認めることができる。なお、右大崎は当裁判所の三回(右会社は二回)に亘る審尋期日の呼出しに対してもいずれも出頭しないため、その取得原因とされる売買の実体等につき事実関係を十分に明らかにし得ないところである。

2  そこで、右事実から、まず右滌除申出の適否について検討するに、元来、滌除の制度は抵当不動産の第三取得者を保護して右不動産の流通を図らんとするものであるが、他面、この制度は、抵当権者にその実行の時期及び換価額等の点で不本意な競売を強いる結果にもなり、極めて不利益な影響を与えることが少なくない。記録によると、現に本件においてもそのような結果になる状況が十分窺われるところである。

このようなことからすると、滌除をなし得る第三取得者の範囲はできるだけ厳格に解すべきものとするのが相当で、既に当該不動産につき所有権を取得した第三者であつても、その所有権の変動につき仮登記を有するに過ぎない者は、元来仮登記のままでは本登記を有する抵当権者に対抗できないものであつて、このような仮登記権利者は、現に滌除権を行使(民法三八三条の書面の送達)するまでに右仮登記に基づく本登記を経由しない限り右滌除権を行使し得ないものと解するのが相当である(高松高裁昭和四一年二月一五日決定高民集一九巻一号八四頁の説示参照)。実際上、本件のように、仮登記の原因の実体が十分明確でないことも少なくなく、また、仮登記のみの第三取得者が複数存在する場合などを考えると、右のように解することは滌除制度の円滑かつ明確な運用に資することにもなるものとみられる。

そうすると、本件滌除の申出は不適法であり、これを前提とする本件増価競売の請求も、それ自体としては効力を認め難いものといわざるを得ない。

3  しかしながら、不適法な滌除申出を機として抵当権者によつてなされた増価競売の請求に基づく不動産競売の申立てもこれを全く無効として、何らの効果も生じないものとするのは、徒に手続を混乱させるのみか、抵当権者に無用な費用負担を受忍させる結果にもなり、必らずしも抵当権者の真意にそわないものともみられ、元来、増価競売の請求に基づく不動産競売の申立て(民事執行法一八五条)も、通常の担保権の実行としての不動産競売手続の一種であつて、若干の特則(同法一八五条ないし一八七条)が定められているに過ぎず、右通常の手続とその実質を同じくするものであるから、通常の不動産競売の申立てとしての効力はなお残続するものと解するのが相当であり、以後右申立て抵当権者において右残続がその意に反するような場合は、右取り下げによる終局を図るべきこととなるものと解される。

そこで、本件につきこれをみるに、記録によると、抗告人のなした本件増価競売の請求に基づく不動産競売の申立ては、通常の抵当権の実行としての不動産競売の申立てとみても何らその手続要件に欠けるところはない(前示のワールドエイジェントらに対する増価競売請求の通知は民法三八一条の抵当権実行の通知と同視できる。)ことが明らかであるから、本件については右趣旨の下に競売開始決定をなすべきである。

よつて、右と結論を異にする原決定を取り消し、本件につき競売を開始すべく、これを原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官渡辺伸平 裁判官北村恬夫 裁判官廣田 聰)

《参考・原決定》

〔主   文〕

本件競売の申立を却下する。

〔理   由〕

本件申立は、債権者が末尾物件目録記載の土地に対して根抵当権を有しているところ、昭和六〇年三月一三日に到達した書面をもつて、第三取得者から代価八六〇万円で滌除する旨の申出を受けたので、これに対して同年四月六日付で増加競売の請求をしたから、上記土地に対する増加競売の申立をするというものである。

ところで、民法三七八条の滌除をなしうる者とは、滌除権を行使する時点において、これを行使するための所有権等の権利取得を担保権者に対抗することができるものでなければならないと解するのが相当であるから、仮登記を経由したに過ぎない者は、仮登記が順位保全の効力を有するにとどまる以上、担保権者に対しその権利取得を対抗することができないので、仮登記権利者は仮登記のままでは滌除権を行使しえない。

この点について、本件の第三取得者は、滌除の申出をした際、上記土地につき所有権移転仮登記を経由しているに過ぎないものであるから、上記の理由で、その滌除の申出は不適法である。

したがつて、不適法な滌除の申出に基づく本件増加競売の申立は、その要件を欠くことになるので、これまた不適法な申立となるから、本件申立を却下する。

なお、本件申立を通常の競売申立としてその手続を進めるとしても、上記土地に対しては他にも第三取得者がいることは、添附された登記簿から明らかであり、この者に対する抵当権実行の通知がなされているとは認められないので、やはりその申立は要件を欠き不適法である。

(裁判官安藤宗之)

物件目録〈省略〉

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